「ゲーム批評」批評

ゲーム批評の感想文に絡む形でトラックバックを下さった方(http://d.hatena.ne.jp/kodamatsukimi/20050710#p1)がいたので初めてゲーム批評7月号を買ってみた。
以下、初めてゲーム批評を買った人間が辛口の感想文。ゲーム批評が好きな人は読まないほうがいいかもしれません。
正直、わざわざ本としてお金を取って出版する内容であるかどうか疑問。
ゲーム批評が出た当時は力を持っていたファミ通へのアンチテーゼとしての意味合いが強かったと思うが、いまやblog全盛で誰でも文章を載せられる今となっては存在意義が薄い。広告を載せず中立の立場で行くという利点も、いまやインターネットの言論に完全に奪われていると言っていいだろう。
わざわざ、お金を取って本を買わせるからには、以下の条件のどれかを満たしている必要があると考える

  • 編集部の人間しか知りえない情報が含まれている
  • きちんと取材している
  • 自分には無い視点が含まれている(≒批評文として質が高い)

まぁ、ちらほらとはあるんだけど、全体的な印象としては中途半端感が否めなかった。
もっとも致命的なのが何を言いたいのか良くわからない文章が多かったこと。ごく普通(に自分は思えた)の意見を周辺事情を含めて詳しく説明しているだけにしか見えない文章が結構あったのが一番問題に思う。
以上は全体論だが、以下2つの批評文について自分なりの感想を述べる

  • 「ユーザーの気質に変化が?」 107ページ

「ステレオタイプながら比較しよう」って項目があるけど、この「ステレオタイプな見方」が既に納得できない。ロングキャリア組についてはこの批評文を書いた著者が属するカテゴリだから、説明に納得性があるけど、「PS以後の世代」の嗜好とかの説明が「本当にそうなの?」って疑問がある。だって、自分でもすぐ考え付きそうな人物像だし、そのしっかりしていない土台の上で評論を積み重ねてみても微妙感がぬぐえない。
ゲーム批評の文章の全体的にいえることだけれども、ゲームのユーザー層の分析が本当に出来ているかどうかがかなり疑問。批評誌を名乗るからには、いわゆる定説に従ったユーザーの分類じゃなくて、きっちりアンケート調査した上で、現在のユーザー層を定義するべきだろう。だから、評論に説得性がないんじゃないかな。

  • 「同人ゲームの可能性と限界」89ページ

読んだ中では、これが一番何を言いたいのかよくわからなかった。
そもそも、同人作っている人に対して「志が低い」とか「成功例の尻馬に乗っかろうとしている」とかって批判が成立するのかどうかが疑問。同人なんか趣味でやっているんだからほっとけって話ですよ。
確かに、渡辺製作所上海アリス幻楽団TYPE-MOONのように、クォリティの高い同人ゲームを作るサークルはある。でも、それに憧れてゲームを製作しようとするのは悪いことか?むしろ、同人のモチベーションってそういう所から来るんじゃないの?と思います。
以下は個人的にだが、今の同人ゲームについて論じるとするならば、TYPE-MOON法人化やメルティブラッドのアーケード化に見られるような、優れた同人ゲームが普通の流通に乗っかるという現象を論じた方が面白くなるんじゃなかろうか。これらは最近になって見られるようになった現象だし。メルブラACがアーケード業界にもたらしたものとは?などは面白いと思います。

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とまぁ、書いてきましたが、お金を取るのであればもっと質の高い文章でお願いします。
なんか、批評が5年くらい進化していない印象を受けます。